PTSDの社会的な認識
PTSDは日本でも近年になり、その患者数が増えている病気としてマスメディアなどでも注目されるようになりました。過去の体験で「危機的な状況」に遭遇したため、現在もなおその記憶に苦しめられている患者として、社会的な認識も広がりつつあります。しかし、一方で患者自身でもそのような体験が決して喜ばしいことではなく、むしろその体験を人に隠すことが出来ない事例として捉えられているため、問題が表層化されないことがあります。
現在では、公の機関などが支援に乗り出しており、子どものPTSDに関しては、その問題が顕著化され、多くの支援団体や機関がその解決やケアに当たっています。PTSDは「家庭による暴力の連鎖」を生む危険があることもあり、患者本人の問題の解決もさることながら、社会全体がこれらの「負の連鎖」を断ち切る努力をする方向性に進まなければならないといえます。
PTSDのメカニズムが研究されるようになったのは、近代のことであり、密接に人の生存本能や防衛本能に関連していると考えられています。PTSDは通常の記憶のプロセスと違い、特殊な体験、経験が「緊急的に冷凍」されたような状態と考えることが出来ます。つまり、患者本人が強いストレスや体験をしたことによって、その記憶は通常の場合のように整理されて脳の記憶の保管庫に保存されるのではなく、「急速冷凍」されたようにその状況や体験が記録に残されていると考えられます。
トラウマの原因となる記憶の場合には、脳内で「編集」されることがないため、苦痛や恐怖という体験が理論的な整理にされないまま、「再体験」として認識されてしまう結果となると考えられています。これは、本来であれば、生命の危機的状況を避けるために役立つ防衛本能の一つとして考えることが出来ますが、子ども時代に長期的に虐待を加えられる、もしくはその体験自体があまりに大きな恐怖を感じるような状況では、適切に情報を処理することが出来ず、患者自身を苦しめる結果に陥ることが考えられます。これらのメカニズムを充分に周囲も理解した上で、患者のケアに関しては、長期的な視点でどのように接していくことが望ましいかを考えていくことが求められるといえます。
